12/06/2022

私を忘れて

話は東京カレッジ・オブ・カイロプラクティック(TCC)の閉校式へと戻る。

途中、27年に及んだ歴史を振り返るところがあった。

まあ、よくある構成である。

 

が、個人的にニヤケてしまう場面があった。

前身となるRMIT大学日本校までの系譜のスライドが映し出された時のこと。

 

そこにはD.D.パーマーの写真があった。

創始者であるから、これは当たり前。

 

そこから矢印で導かれた先にはジョン・ハワードの写真があった。

誰やコイツ??

カイロプラクティック従事者でも知らない人の方が多いのではないだろうか。

 

ハワードはナショナル・カレッジ・オブ・カイロプラクティック(NCC・当時)の初代学長である。

だからナショナルと関係を持たない人の歴史には決して現れる人ではない。

RMITTCCの卒業生でも知らないように思う。

 

それはいい。

面白いのはここから。

 

話はハワードからジョセフ・ジェンシーへ。

ジェンシーは日本のカイロプラクティック発展に尽力してくださった方だから無視はできない。

そこからNCCの系譜をたどりつつRMITへと繋がっていく。

 

ところがである。

D.D.から放たれたもう1本の矢印の先にはアンドリーズ・クレイハンスの写真が!

 

B.J.パーマーの写真がない!!

 

あったのは「クレイハンスはB.J.のお弟子さん」と口頭での一言のみ。

確かに学校の沿革の話だから関係ないっちゃあ、ないよ。

それでもカイロプラクティックの流れを語る上でB.J.をスルーするとは。

 

記憶にはないが、『おおーほっほっほーっ』の声を漏らしてしまった可能性が高い。

しかも、おそらくはニヤケながら、である。

隣に座られていた先生にはご迷惑をおかけしたかもしれない。

 

B.J.は好き嫌いが分かれるカイロプラクターだと思う。

ある人はB.J.を「発展者」と称し崇拝している。

一方でカイロプラクティック「分裂」の元凶として否定する人もいる。

 

私はどちらかと聞かれれば…ここでは明言を避けておく。

理由は、酒が入ってないから。

 

やっぱりさ、カイロプラクティックの話をするなら酒の席で、でしょ。

下戸の先生方には失礼で申し訳ないけど。

 

それはともかく、やっぱりスルーってどうなんだろ。

しかも、ハワード残しのB.J.スルー。


楽しんじゃって周りの反応見るのを怠ってしまったが、皆さんどう思ったのかな。

それとも、何とも思わずスルーできちゃったのか。

 

ああ、そうか。

スルーできちゃうんだな、きっと。

だって、それでも「善し」とされる教育の中にあったわけだから。

 

スルーを気にしないカイロプラクターと、スルーを許さないカイロプラクター。

解りあう日はかなり遠そうな気がする。

 

張り巡らされた厚く頑丈な壁。

ベルリンの壁同様、何かのアクシデントがない限り崩れないのかもしれない。

 

っつーかさ、「そんなんもアリよ」とお互いが認め合えば簡単な話とも思うけどね。

否定するからいがみ合うんだよ。

 

心が狭いなぁ。

 

とか書くと、刃がこっちに向いてきそうだから、この辺で。

11/29/2022

グッバイからはじめよう

20229月、東京カレッジ・オブ・カイロプラクティック(TCC)が閉校した。

前身となるRMIT大学日本校から数えて27年の歴史にその幕を閉じたのだ。

 

104日、その閉校式に参加してきた。

出席者160人強がその年数と卒業生の数からして多いのか少ないのかはビミョーなところ。

 

母校の閉校というのは私にとっては初めてのこと。

それなりの寂しさは感じたものの、悲しみはなかったし涙も出なかった。

周りを見ても泣いている人はいなかったと思う。

 

そりゃそうか。

こちとら卒業式でも泣いてないんだから。

 

その直後に開催された謝恩会。

わざわざ閉校式に出席するんだから謝恩会も皆参加するんだろう。

移動を急かされていたこともあり、さっさと会場移動。

 

ところがこっちの勝手な予想に反し、結構帰られた先生方も多かったようだ。

おかげでまあまあの先生方との再会の機会を逃してしまった。

謝恩会から参加された方々もいたとはいえ、まあ勿体ないこと。

 

それでも十数年ぶりの再会をいくつも重ねることができた。

そして多くの先生から同じことを言われた。

 

「全然変わらないですね」

 

そんなわきゃあねぇ。

当時には見られなかったハゲが確実に進行しているではないか。

 

最初は私の嫌いな社交辞令かと思った。

ただあからさまな社交辞令だけでもなさそうだ。

 

何故か??

思うに、生活環境に変化がないからだろう。

 

一般的に、十数年も経てば生活に何かしらの変化が生じるもの。

結婚したり、子供が産まれたり、離婚したり、独立したりと何かしらあるものだ。

 

私にはそれらがない。

ただ老いが進行しているだけ。

「老い」を普通及び当然と捉えれば、変わってないことになるのかもしれない。

 

同様に言われたことがある。

 

「ブログ書いてますか??

 

以前のブログはコロナ禍にあってから更新していない。

それでも想像以上の人たちからチェックされていたのだと今更ながら初めて気づかされた。

まあ、知りようがないし、知りたいと思ったこともないし。

 

ただ、思うところはいくつかある。

そろそろ吐き出してもいいのかもしれない。

 

だとしたら、あとは吐き出し方だ。

今までと同じでいいものなのか。

 

やはり環境は変えないと何も変わらない。

それは身をもって証明している。

なので発信方法を変えたい。

 

あと、内容も少しライトにしていこうと思う。

リニューアルだからね。

 

それでも元に戻っちゃうかもしれないが。

何せ、変わってないらしいからさ。

 

タイトルも変えよう。

以前のは評判が悪くて気分悪くした人もいたらしいし。

別に気遣うわけではないけど、今の正直な気持ちかな。


ということで、姿形そして場所を変えてのリスタート。

気まぐれ程度のお付き合いでヨロシク。